消え場所。

時々、ダメ人間は消えてしまいたくなる事がある。
誰にも気づかれずに、そっと、そこに存在してなかったかのように。
みんなの前に在る時は、したたかでたくましく、能天気なヤツでありたい。弱いところは見られたくない。だから消える。

まだ実家にいた頃は自分の車があって、ふらりとどこかへ出かけることができた。“消え場所”を探して。一番気に入っていた場所は、自宅から車で30分のところにある空港の滑走路を眺められるポイント。(滑走路の延長工事の後、そこは残念ながら入れなくなっちゃったんだけど)あそこは良かったナー。周りに何も無いから星もよく見えた。昼間だったら、適当に思いつくままにドライブしたり。
…で、たまに独り泣きして帰ってきたりする。(暗い)
そうする事でチョット元気になれる気がして。きっと気分転換になるんだろうな。

それが出来ない状況というのが、ほんとにツライと感じたのはオーストラリアで生活をしてた頃。



ワーキングホリデービザを取って、初めての海外で、当時サイアクにうまくいってなかった母親と離れて…そりゃあもう、毎日が新鮮で楽しくてしょうがなかった。
案の定ホームシックなんて微塵も感じてなかった。唯一心細かったのは、一緒に行った親友とシドニー空港でそれぞれのホームステイ先に向かうために別れた瞬間くらい。(翌日には学校で会うというのに)
自分でも気づかない間に精神的ストレスは溜まっていたらしい。1ヶ月のホームステイを終えて住み始めたアパートのフラットメイトと基本的な考え方が合わず、その人たちから課せられる同居のルールが納得できなくて衝突したこともあった。ルームメイトである親友としょっちゅう部屋やバルコニーで愚痴ってたっけ。そして渡豪して2ヶ月後に祖母が亡くなり、その直後に母親が脳腫瘍の手術を受け、不安定なところばかり見せて甘えちゃってた当時の彼氏とは当然うまくいかなくなり…。『消えたい』とばかり思ってた。でも車は無い。郊外のことはよくわからない。
知らない場所へ一人で行くには、オーストラリアという国は危険すぎる。

“消え場所”がない。

その他にもいろんな事が重なって、ついに爆発した事があった。
彼氏に少しでも会って話を聞いて欲しくてバイトが終わるのを待っていたら、向こうもさすがに手に負えなさそうだと感じたのか、今日は家に帰るからだめだって断られた。そこで臨界点に達したんだろうなぁ。一人で悶々として、街中をずーっとウロウロして。
アパートが街の中心部にあったのが幸か不幸か、交通機関の心配をする必要がなく深夜まで遊び歩いてることが珍しくなかった。(油断さえしなければ、シドニーの市街地は治安が良かった。)だからその日も、一緒に住んでた友人は私が誰かと飲みにでも行ったのだと思っていたらしい。

ついに行く場所が思いつかなくなって、アパートから近い図書館の広場で、ずっと携帯電話で彼氏と話しながら、ただただ困らせてた。私の電話の充電が切れた頃、たしか深夜3時くらいになってて、その後もしばらくボーっと真っ暗な広場に座り込んでたら友人が目の前を通過した。(さすがに心配になったのか、彼氏が友達の電話に連絡をしたと後から聞いた。)明らかに自分を探してるのがわかった。まんまと見つかってエライ怒られた。泣けたなぁ。

あんなにいっぱいいっぱいになった事は他に思い当たらない。
別のアパートへ引っ越してから一緒に住み始めた仲間とはすごく仲が良くて、また新たにいろんなヒトたちと出会い(その時の彼氏とは別れたけど)、もちろんその後もいろんな事があったけど毎日が楽しかった。
そのアパートから歩いて10分の所にはオペラハウスがあって、そこがお気に入りの“消え場所”になった。シドニーのシンボルであるオペラハウスとハーバーブリッジのあるシドニー湾の夜景は本当に綺麗で、一人でしばらくぼーっと眺めてると落ち着いた気分になってくる。ストレスを溜めないっていうのはスゴク大事なことなんだと感じた。

そういえば彼氏がシドニー空港の滑走路を見に連れて行ってくれた時も、随分と長い時間眺めてた。尾翼のマークで航空会社の名前当てとかしながら。国際空港は楽しかったな。(まさか自分、飛行機フェチだったのか?!)

今はというと…トシをとって少し落ち着いた!?
それでも時々“ウツ状態”になることがある。今の“癒し”は親友の家なんだけど…(かわいいミニチュアダックスが2匹もいるのだもの)“札幌市近郊”という括りの場所にその子の両親が家を建てたものだから、再び車の無い生活を始めた私にとっては、遠いったらない。普通のOLさんとして働く彼女とは仕事のシフトもあまりあわないし。劇団の仕事が忙しくなると、かるく2ヶ月とか会わなかったりすることもある。で、思うわけだ。自分、友達少ねぇなと。それが今、私を“ウツ”にさせる原因の大半を占める。

もともと家で一人で過ごす時間が好きだ。
ヒマをこよなく愛するダメ人間だ。
でも、ふとイロイロと考え出すことがある。そして思う。友達少ねぇ。

無二の親友はいる。幼馴染でもある彼女とは、もう20年近くのつきあい。無条件で信頼できる、かけがえのないトモダチ。一生かかったって、こういう存在を得られないヒトもいるんじゃないかと思うほどの自慢の親友だ。
でも、それはまた別問題。

小さい頃から、何故か仲良い友達は男の子ばかりだった。よく従兄弟や近所の子とザリガニ捕まえたりした。自分でもどうしてかはわからないけど、男の子と同じように遊ぶ方が楽しかった。
そういう子は、女子に嫌われる。そうするとこっちは意味の無い劣等感や気後れを感じてしまう。
進路も男ばっかりの道をとったせいか、女子と上手に付き合う方法がわからないまま大人になってしまった。今でもその傾向がある。

劇団の仲間とは仲良いし、大事にも思う。今の職場の同僚とも、そこそこ上手くやってると思う。(職場のヒトとプライベートでは仲良くできないタチなので、友達づきあいはしないけど。)
でも、なにか違う。
数の多い、少ないが問題じゃないのはわかってる。
(それなのに、友達が多い子に憧れているんだろうか。)

なにか違うんだ。
自分が友達を大事にしないから、友達が少ないということなのだろうか。
(大事にしてないのかな?)

愛想笑いが必要な関係なら、友達じゃなくていいや。
(その考えがいけないのかな?)

こんな葛藤を繰り返しながら、“消え場所”を探す。
残念ながら、札幌ではまだ見つからない。

その前に、忙し過ぎる。
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by musta-kahvi | 2005-10-29 01:36 | その他のコト
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